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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)5954号 判決

原告

緒方俊彦

被告

森田末治

ほか二名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して一四二万円及び、被告森田及び被告会社は、これに対する本件事故の日である平成二年二月一六日から、被告保険会社は、平成三年八月二二日から、支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  被告森田末治及び被告株式会社丸ヨ運輸倉庫は、連帯して原告に対し、五八三万八三一一円及びこれに対する平成二年二月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  本判決のうち、原告勝訴部分は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告森田末治(以下「被告森田」という。)及び被告株式会社丸ヨ運輸倉庫(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、連帯して二六三七万五四一六円及びこれに対する平成二年二月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告三井海上火災保険株式会社(以下「被告保険会社」という。)は、原告に対し、四三四万円及びこれに対する平成二年二月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案に概要

本件は、クレーン車の荷台から機械を吊り上げ、荷下ろしをするため、クレーンが旋回中、転倒し、作業員が負傷した事故に関し、右被害者がクレーン車の運転者及び保有者を相手に民法七〇九条、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を求め、かつ、同車の自賠責保険会社に対し、保険金の請求を求め、提訴した事案である。

一  争いのない事実等(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  事故の発生(乙第一、二号証、原告・被告森田本人尋問の結果)

次の事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成二年二月一六日午後三時ころ

(二) 場所 千葉県流山市一ノ谷七九七―二訴外株式会社リナ(以下「リナ」という。)構内(以下「リナ構内」という。)路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 事故車 被告会社が保有し、かつ、被告森田が運転していたクレーン車(なにわ一一か九九四六号、以下「クレーン車」という。)

(四) 事故態様 クレーン車の荷台から機械を吊り上げ、リナ構内へ荷下ろしをするため、クレーンが旋回中、転倒し、同構内にいた原告が転倒したもの

2  損益相殺

本件事故による損害に関し、原告は、労災保険から障害補償給付(一時金)として四六二万八四六四円、療養補償給付として七三万一五〇〇円、自賠責保険から七五万円、被告会社から治療費として一〇六万一二七〇円、その他として四〇二万八七一二円の支払いがなされた。

二  争点

1  過失相殺

(被告らの主張)

原告は、本件機械を被告会社まで輸送し、搬入し、据え付ける責任者であつたから、クレーン車から本件機械を吊り降ろすに際しても、被告森田とともに現場の状況を確認し、同被告に対し、搬入・据え付けの方法を指図していた。被告森田は、現場の状況を確認したところ、足場も悪く、機械を降ろす場所も傾斜になつていて不適切である上、雨も降つていたので、本件機械の搬入は諦めて出直そうと申入れたが、原告は危険はないとして同被告に本件機械を降ろすよう指示した。そこで被告森田がクレーンを操作し、原告は吊り下げた機械が電柱や工場入口のひさし等の障害物に接触・衝突しないよう注意しながら、共同して本件機械をクレーン車からリナ構内に降ろすこととした。

被告森田が、機械を三メートル以上吊り上げて、工場入口のひさしの上を越えようとクレーンの旋回を始めたところ、クレーン車の右側アウトリガーの先端がリナ構内のコンクリート面から未舗装の道路方向にずれ落ち、クレーン車が右側に傾いた。クレーン車は、道路際の電柱に支えられ、傾いたままで止り、転倒は免れた。その時点で、クレーンの旋回も停止したが、本件機械の自重により、クレーンは構内方向にゆつくりと傾き、それに合せて本件機械も下がり始めた。右作業を指示していた原告は、クレーン車・本件機械から離れることなく、かえつて同機械に近付いたため、落下してきた同機械と工場入口との間に左上腕部がはさまれ、負傷した。

したがつて、原告は、本件機械をクレーン車から吊り降ろし、リナ構内に搬入する責任者であり、被告森田を指図し得る立場にあり、現に指図していたのであり、また、クレーン車が傾いて後、原告は、避難可能であり、容易であつたにもかかわらず、落下してくる同機械に接近し、ないしは適切な避難をしなかつた過失があるから、相当な過失相殺をなすべきである。

(原告の主張)

原告は、被告森田がリナに対する本件機械の引渡しに立合うため、同被告に同行し、本件機械を降ろす作業を開始した際、雨で地盤が軟弱であつたため、リナの工場長である訴外小林由信と共に、同被告に対し、トラツクを後退するよう進言し、後退後もなお地盤が軟弱であつたことから、アウトリガーの下に何かを敷くべきではないかと進言したところ、同被告は、自ら地盤の軟弱度を確認の上、敷かなくても大丈夫であると応答した。原告は、本件機械の引渡しに立合うため、現場に臨んだに過ぎなかつたことから、それ以上忠告するのをやめて、リナ構内の入口付近のひさしまで退き、同被告が本件機械を降ろす作業を見届けることにした。ところが、被告森田は、突然、本件機械をひさし部分よりも高く吊り上げ(本件機械は、ひさし前の敷地に降ろせば足りたのであるから、ひさしよりも高く吊り上げる必要はなかつた。)、同時に、アウトリガーが地中に埋没するのを発見したため、同被告に大声で危ないから早くクレーンを下げるよう注意した。

しかるに、被告森田は、クレーン操作を誤り、必要以上にクレーンを旋回させたため、トラツクが転倒し始め、同被告がトラツクとリナ構内の工場の壁との間に挟まれそうになつたので原告が早く逃げるよう注意したところ、同被告は、これに応じ難を避けることができた。その瞬間、原告が立つていた前記工場内のひさしの下まで本件機械が飛び、原告を直撃したため、原告が受傷したものである。

したがつて、原告は、本件機械引渡しの立ち会いのため、現場に赴いたに過ぎず、被告森田を指図できる立場にはなかつたものであり、クレーンの安全操作について同被告に進言したものの、同被告はそれに応じなかつたものであり、しかも、およそ本件機械が直撃するとは考えられない地点まで退いていたのであるから、原告には、本件事故の発生に関し、過失があるとはいえない。

2  原告の後遺障害の内容、程度

(一) 原告の主張

原告には、自覚症状として、左肘関節の伸展屈曲障害と運動時筋肉痛があり、他覚的には、左上腕前面に縦七センチメートル、同六センチメートル、横四センチメートル、同後面に縦六センチメートルの醜状痕、左上腕二頭筋、筋力四度、左上腕二頭筋と皮膚との癒着、左肘自動屈曲九〇度になると筋収縮によるひきつれのため疼痛が出現し、力を入れられなくなり、左肘関節拘縮にともなう四〇度の伸展制限が残存したことにより、少なくとも第一〇級一〇号の一「上肢の三大関節中一関節に著しい障害を残すもの」に該当するものと考えられる。

(二) 被告らの主張

原告の左肘の運動制限は、平成二年九月一〇日に固定し、自動の場合における屈曲は一三五度、伸展はマイナス一〇度であり、原告の左肘の運動可能領域は一二五度である。したがつて、原告の可動領域は、正常運動可能領域である一四五度の二分の一はもとより、四分の三にあたる一〇八・七度を大きく超えているから、原告の後遺障害は、等級一〇級は勿論、一二級にも該当しない。

その後の測定値は、平成三年二月九日の流山中央病院におけるものが、自動の場合、屈曲九〇度、伸展はマイナス四〇度、運動可能領域五〇度と増悪し、その後の長洋医師によるものが患側四八度と運動可能領域は大幅に狭まるなどしているが、右増悪を気候の変化などのみで説明することは困難であり、合理的理由は見当たらない。したがつて、かかる測定値の増悪には、本人の意思が介在しているためとしか考え難いのであり、原告の後遺障害が一四級との自賠責保険の認定は妥当なものというべきである。

3  その他損害額全般

第三争点に対する判断

一  過失相殺

1  事故態様等

甲第一号証の一、二、第九号証の二、乙第一、二号証、検乙第一ないし三五号証、原告・被告森田本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

原告は、本件事故当時、訴外株式会社大石製作所(以下「大石製作所」という。)に機械技術者として勤務し、同製作所が製造した本件プレス機械をリナに搬入するため、輸送を依頼した被告会社の従業員である被告森田と共に、搬入場所を指示し、搬入に立合うため、リナに赴いた。

同被告が、本件プレス機を降ろす作業を開始するため、アウトリガー(クレーンの操作の際、重さのため車両が傾くのを防ぐ支柱様のもの)を設置させようとした際、原告は、同被告に対し、付近の地盤が砂利であり、降雨により雨水が流れていたため、敷物をしいた上、アウトリガーを設置させるよう助言した。しかし、同被告は、右砂利部分を地面で蹴つたところ、地盤は十分に堅固であるように思えたところから、クレーン車に積み込んでいたアウトリガー用の敷物(縦三〇センチメートル、横二〇センチメートル、厚さ一〇センチメートルの鉄板製のもの)は使用せず、別紙図面のとおり、アウトリガーを右砂利部分に直接設置させた(なお、同被告の供述中には、アウトリガーを設置させたのは、コンクリートの切れ目の部分とし、コンクリート部分の端とも解し得る箇所があるが、コンクリート部分であれば、足で蹴って強度を確かめる必要はないはずであるから、前記のとおり認定することとする。)。

被告森田は、別紙図面〈1〉の位置に立ち、クレーンを操作し、原告は、同〈2〉付近の位置に立ち、本件プレス機の搬入を見守つていた。同被告は、同〈3〉のクレーン車荷台に積んだ本件プレス機をリナ構内のひさし前の〈4〉の位置に吊り降ろすため、同機をクレーン車の荷台横板を越え、工場入口の左右にある高さ約一四四センチメートルのブロツク塀を十分に越える高さまで吊り上げ、クレーンを左旋回させたところ、同図面のアウトリガーの足が地盤中に埋没してゆき(最終的には、三〇ないし四〇センチメートル、地盤に埋没した。)、クレーン車が工場側に傾いた。その時、原告は、声を上げ、同被告に危険を知らせ、同被告は、とつさにその場を逃れ、難を避けたが、右クレーンが吊り下げていた本件プレス機は左回りに大きく振れ、同図面のひさし部分を損壊させると共に、同図面〈2〉付近にいた原告を負傷させた。

2  以上の事実に基づき、被告らの過失相殺の主張について検討すると、本件クレーン車及びクレーンを操作していたのは被告会社の従業員である被告森田であり、原告は、被告会社に搬送を依頼した大石製作所の従業員であつて、本件事故現場に居合せたものとして、同被告の搬送作業に危険を感じた場合には、助言ないし忠告はしていたものの、職務に基づき、右搬送作業を指示ないし補助していたわけではなく、また、本件事故の主たる原因は、アウトリガーが地盤中に埋没したことにあるところ、原告は、右埋没を防ぐため、敷物を敷くよう、同被告に忠告したのであり、同被告が自らの判断で用意していた鉄製の敷物を敷かなかつたため、本件事故が生じたのであるから、本件事故の発生に関し、原告に過失があるとは認め難い。

なお、被告らは、クレーンが吊り下げていた本件プレス機の落下が緩やかであり、原告にとつて避難は容易であつたにもかかわらず、避難をしなかつた点に過失があると主張するが、右プレス機の落下が避難が容易である程緩やかなものであつたことを認めるに足る証拠はなく、仮に緩やかであつたとしても、吊り下げられたプレス機がいかなる程度に振れ、いかなる位置に落下するかを予測すること、別紙図面〈4〉の位置に吊り降ろすはずの同機がひさしを損壊し、同〈2〉に居た原告を直撃することを瞬時に判断することが容易であるとは考え難いから、右被告らの主張は採用できない。

二  後遺障害の内容、程度

1  治療経過及び後遺障害に関する医証、鑑定

甲第二ないし第四、第七、第八、第九号証の二、乙第六、第7号証、丙第一号証、鑑定の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 治療経過

原告は、本件事故後、流山中央病院に「左上腕不全断裂」の傷病名で平成二年二月一六日から同年三月二〇日まで入院し、その後、同月二二日以降、東京都立台東病院に転院し、「左上腕二頭筋及び三頭筋断裂」の傷病名により、平成二年五月九日まで四九日間入院し、その後同年九月一〇日まで通院(実通院日数一三日間)し、治療を受けた。その後、原告の後遺障害に関する医師の診断は、次のとおりである。

(二) 原告の後遺障害に関する医証

(1) 平成二年四月二七日付け東京都立病院捶井隆医師の診断

(2) 平成二年九月一〇日付け東京都立病院捶井隆医師の診断

(障害の状態の詳細)

ア 左上腕二頭筋筋力四度(やや減)左上腕三頭筋筋力四度(やや減)

イ 重い物を持上げることは困難

(関節運動範囲)

(肘関節)左肘関節に運動制限あり

(3) 平成二年九月二七日付け東京労働基準局地方労災委員坂本元彦医師の意見書

(肘関節)左肘関節に運動制限あり

(4) 平成三年二月一六日付け流山中央病院野原福医師の診断(診断日同月九日)

(自覚症状)

左肘関節の伸展、屈曲障害と運動時筋肉痛

(他覚症状及び検査結果)

左上腕部に瘢痕創あり、左上腕二頭筋筋力四度、他は五度。左上腕二頭筋と皮膚との癒着あり、左肘自動屈曲九〇度になると筋収縮によるひきつれのため疼痛が出現し、力を入れられなくなる。左肘関節拘縮に伴う四〇度の伸展制限あり。

(肘関節の障害)

(5) 平成三年九月一〇日付け群馬労働基準局地方労災医院長洋医師の診断

(主訴及び自覚症状)

左上肢は、前からは上がるが横からは半分しか上がらない。左手に力が入らない。左肘を動かすとピリピリ痛い。左肘が真つ直ぐ伸びない。また、十分自分では曲らない。しかし、右手を使つて左手を押さえると肘は大体曲る。左手指のシビレ感はない。

(他覚的所見)

ア 握力 右 五〇キログラム 左 一五キログラム

イ 肘運動領域測定値

二頭筋下部(内側)が約半分欠損しているため、左肘関節の運動が制限されている。運動神経に損傷はなく、肘関節自身に異常はない。

(肩運動領域測定値)

(三) 鑑定の結果

鑑定人加古川病院整形外科医師井口哲弘の鑑定の結果の要旨は、次のとおりである。

鑑定人が、平成五年八月一一日、直接原告を検診した結果、左肘の可動域は、自動が伸展マイナス三〇度、屈曲一三〇度、他動が伸展マイナス一五度、屈曲一四〇度であり、徒手筋力テスト(MMT)は、肘の前腕回内位が右が屈曲・伸展とも五であるのに対し、左は、屈曲四、伸展五マイナスであり、肘の前腕回外位は、右が屈曲・伸展とも五であるのに対し、左は屈曲が二、伸展が四であり、握力は、右が四三キログラム、左が一五・五キログラムであり、左上腕二頭筋内側部の欠損を認め、残存筋と皮膚瘢痕とは癒着しており、瘢痕創中央部で圧痛、中指への放散痛があり、左肘瘢痕創内側部は蝕・温・痛覚とも一〇分の六ないし七程度の知覚障害があり、左肘伸展時、内上顆部の疼痛を訴え、左肘伸展し手関節伸展すると疼痛があることが認められた。

鑑定人が、平成五年八月一一日、原告を直接検診した結果は、左肘の可動域は、他動値が伸展-一五度、屈曲一四〇度(自動値が伸展-三〇度、屈曲一三〇度)であり、この結果は、平成二年四月二七日の捶井医師の検診結果である伸展-一〇度、屈曲一四〇度に最も近いこと、伸展につき、受傷後ほぼ一年を経過した段階で野原医師のみが伸展-四〇度と他の測定結果と大きくはなれた数値を上げているが、左前腕屈筋群に腱鞘炎を起こし、その症状が大きく影響した可能性を否定できないこと、関節可動域は、受傷後及び手術後、半年から一年程度まではリハビリテーシヨンやその他の影響で変動するが、受傷後一年以上経過して大きく変化することは通常あり得ず、一〇度以内の変化なら測定誤差と考えることができるが、それ以上であれば、疼痛ないし恣意的になされた可能性があること、鑑定人が直接検診した時点で、レントゲン上、左肘に大きな変化を来す可能性のある病変(化骨性筋炎、変形性関節症性変化等)が認められなかつたこと、坂本医師、長医師の測定結果は自動についての数値と思われ、他動値の測定が不明であることなどから、原告の症状固定時(平成二年五月一六日ころ)における左肘の運動範囲は、伸展-一〇度、屈曲一四〇度と認められる。

また、原告の左上腕筋筋力は、平成二年九月の捶井医師の診断では上腕二頭筋四-、上腕三頭筋四+とし、平成三年二月の野原医師の診断では、上腕二頭筋、三頭筋とも四であるとしており、原告の肘を曲げる筋力は四(やや減)であり、比較的良く保たれているとみて良い。

しかし、原告の左肘に機能障害がないとは言えず、主として痛みに起因する機能障害があると考えられ、同障害は、上腕二頭筋内側部欠損に基づく不可逆的なものと考えられるから、後遺障害一二級の肘関節機能に障害を残す状態が症状固定時から二一年間継続するものと鑑定する。

2  当裁判所の判断

以上の事実に基づき判断すると、鑑定人である井口医師が、平成五年八月一一日、原告を直接検診した結果は、左肘の可動域は、他動値が伸展-一五度、屈曲一四〇度であり、自動値が伸展-三〇度、屈曲一三〇度であつたこと、原告の左上腕筋筋力は、平成二年九月の捶井医師の診断では上腕二頭筋四-、上腕三頭筋四+とし、平成三年二月の野原医師の診断では、上腕二頭筋、三頭筋とも四であるとしており、原告の肘を曲げる筋力は四(やや減)であり、同鑑定人は、筋力は比較的良く保たれているとみて良いとしていること、同鑑定人が直接検診した時点で、レントゲン上、左肘に大きな変化を来す可能性のある病変(化骨性筋炎、変形性関節症性変化等)が認められなかつたこと、同鑑定人は、関節可動域は、受傷後及び手術後、半年から一年程度まではリハビリテーシヨンやその他の影響で変動するが、受傷後一年以上経過して大きく変化することは通常あり得ず、一〇度以内の変化なら測定誤差と考えることができるが、それ以上であれば、疼痛ないし恣意的になされた可能性があるとしていること、平成二年四月二七日、同年九月一〇日における捶井医師による計測によれば、左肘の可動域は、他動値が伸展-一〇度、屈曲一四〇度、自動値が伸展-一〇度、屈曲一一〇度ないし一三五度であり、前記鑑定人による検診結果と概ね符合していること、平成二年九月二七日の労災委員坂本医師による計測値、平成三年二月九日の野原医師による計測値、同年九月一〇日の労災委員長医師による計測値は、いずれも平成三年二月一五日になされた労災保険の障害補償給付支給決定(ただし、同決定は、審査請求の後、長医師の鑑定書が出されたことにより、取り消されている。)の前後のものであるところ、左肘の可動域に関する自動値が、順次、伸展-一五度、-四〇度、-二五度、屈曲が一一〇度、九〇度、七三度と著しく変動しており、症状固定後に何故にこのような計測値の変動が生じ得るのかにつき理解に苦しむものがあること(前記鑑定人もこれらの数値に信を置いていない。)などを考慮すると、原告の左肘の可動域は、前記鑑定人の計測結果である他動値、伸展-一五度、屈曲一四〇度、自動値伸展-三〇度、屈曲一三〇度)を採用するのが相当である。

したがつて、原告の左肘の右記可動域の自動値は、(運動範囲自動値一三〇度-三〇度=一〇〇度)と右肘の可動域(運動範囲一四五度)とを比較すると、自動値における左肘の運動制限は、右肘側の二分の一(七二・五度)以下には至つていないものの、四分の三(一〇八度余)以下には至つているものと認められる(なお、この結果は、平成二年四月二七日の捶井医師の計測値を採用しても同様となる。もつとも、同年九月一〇日の同医師の測定結果(運動範囲=一三五度-一〇度=一二五度)を採用すると、左肘の運動制限は、自動値においても四分の三以下にも至つていないことになるが、このような結論になるのは計六回の計測結果のうち、この時の数値のみであるので、この一事のみで左肘の運動制限が四分の三以下にも至つていないものと認定するのは相当ではない。)。

ところで、運動制限の程度を判断する場合、自然な状態における運動制限の程度が問題である以上、自動値による可動域を採用すべきであり、他動値は、心因性の原因が疑われる場合等、機能障害の原因が明確でない場合の参考値として意義を有するにとどまるものと解すべきである(なお、運動制限判定の範となつている労災保険の実務においても、右のような取り扱いになつていることは、当裁判所にとつて顕著な事実である。)。前記認定のとおり、本件において原告は、左上肢の二頭筋下部が半分程欠損しており、機能障害の原因は明確であるといわざるを得ない上、前記鑑定人の計測結果の自動値と他動値との間には、伸展値で一五度、屈曲値で一〇度の差があるに過ぎないのであるから、右自動値をもつて、恣意によるものであり、措信し難いと解することは困難である。

したがつて、原告の左肘の機能障害は、健側である右肘の四分の三以下に至つているから、自賠法施行令二条別表(以下「等級表」という。)一二級に該当するものと解すべきであり、このことと原告の職業、年齢、右障害の原因が二頭筋下部の欠損によるものであること等を合せ考慮すると、原告は、本件事故により、平成二年九月一〇日、労働能力を一四パーセントを喪失して症状が固定し、右喪失状態は、その原因が筋肉の損傷であり、筋肉のある程度の回復、他の筋肉による機能の代替の可能性、慣れによる労働能力回復の可能性等を考慮すると、症状固定後、一〇年間は、右状態が継続し、その後稼働可能と見込まれる満六七歳までの一一年間は、労働能力の喪失が右の半分(七パーセント)程度にまで改善するものと推認するのが相当である。

三  損害

1  積極損害

(一) 入院雑費(主張額九万八四〇〇円)

前記認定のとおり、原告は、本件事故による傷害の治療のため、流山中央病院に三三日間、都立台東病院に四九日間(合計八二日間)入院したものと認められる。

(二) 既払治療費

本件事故により生じた治療費として、労災保険から療養補償給付として七三万一五〇〇円、被告会社等から一〇六万一二七〇円、合計一七九万二七七〇円の支払いがなされたことは当事者間に争いがないところ、これらは、原告の請求金額に含まれていないから、損害の算定に当たり、右額を計上すべきである。

(三) 労災保険に関する損益相殺

以上(一)、(二)を合計すると、一八九万一一七〇円となるところ、支払いがなされたことが当事者間に争いのない療養補償給付七三万一五〇〇円は、積極損害として性質を同じくする右一八九万一一七〇円から控除すべきであるので、差し引くと、残額は、一一五万九六七〇円となる。

2  消極損害

(一) 休業損害(主張額三二〇万〇九〇九円)

甲第五、第六号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故前三か月間に、勤務先である大石製作所から、合計一三八万五七〇〇円の給与を得、また、平成元年八月、同年一二月の賞与としてそれぞれ三二万六五〇〇円、四七万二五〇〇円を得ていたことが認められる。したがつて、原告の本件事故当時の年収は、六三四万一八〇〇円(1,385,700÷3×12+326,500+472,500)と認められる。

前記治療経過及び後遺障害の内容・程度(一日の自宅療養日を除き、八二日間入院後、一三日間実際に通院し、平成二年九月一〇日、労働能力を一〇パーセント喪失し、症状固定)をもとに原告の労働能力喪失の程度を判断すると、原告は、本件事故後、流山中央病院及び都立台東病院に入院していた平成二年五月九日までの八三日間は、労働能力を完全に喪失し、症状固定日である平成二年九月一〇日までの一二四日間は、その五〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

したがつて、原告の休業損害は、次の算式の合計額である二五一万九三四四円となる(一円未満切り捨て、以下同じ。)。

6,341,800÷365×83=1,442,107

6,341,800÷365×0.5×124=1,077,237

(二) 後遺障害逸失利益(主張額二一一九万八八一九円)

原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和一八年一二月一日に生まれ、症状固定日である平成二年九月一〇日当時四六歳であり、前記認定のとおり、原告は、本件事故前六三四万一八〇〇円の年収を得ていたところ、原告は、満六七歳まで二一年間稼働することが可能であつたものと推認される。前記認定のとおり、原告は、本件事故による後遺障害により、労働能力の一四パーセントを喪失し、その状態は症状固定後一〇年間続き、その後、右状態は喪失率七パーセントまで改善し、同状態が一一年継続するものと推認されるから、ホフマン方式により中間利息を控除し原告の後遺障害逸失利益の本件事故当時の現価を算定すると、次の算式のとおり、九七八万七九九一円となる

6,341,800×(0.14×7.9449+0.07×(14.1038-7.9449))=9,787,991

(三) 労災保険に関する損益相殺

以上(一)、(二)を合計すると、一二三〇万七三三五円となるところ、支払いがなされたことが当事者間に争いのない障害補償給付四〇二万八七一二円は、消極損害として性質を同じくする右一二三〇万七三三五円から控除すべきであるので、差し引くと、残額は、八二七万八六二三円となる。

3  慰謝料(主張額後入通院慰謝料一六〇万円、後遺障害慰謝料三九〇万六〇〇〇円)

本件事故の態様、原告の受傷内容と治療経過、後遺障害の内容・程度、職業、年齢等、本件に現れた諸事情を考慮すると、原告の入通院慰謝料としては一〇〇万円、後遺障害慰謝料としては二〇〇万円が相当と認められる。

4  小計

以上1ないし3の損害を合計すると、一二四三万八二九三円となる。

四  損害の填補及び弁護士費用

1  本件事故により、(前記労災保険からの給付金を除き)自賠責保険から七五万円、被告会社から治療費として一〇六万一二七〇円、その他として四〇二万八七一二円の支払いがなされたこと(合計五八三万九九八二円)は当事者間に争いがない。したがつて、前記損害残額一二四三万八二九三円から右五八三万九九八二円を控除すると、残額は六五九万八三一一円となる。

2  本件の事案の内容、審理経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としての損害は六六万円が相当と認める。

前記損害合計六五九万八三一一円に六六万円を加えると、損害合計は七二五万八三一一円となる。

3  もつとも、被告らのうち、被告保険会社は、自賠責保険会社であり、等級表一二級に該当する場合の法定限度額が二一七万円(平成三年四月一日に改正される以前のもの)であることは当裁判所に顕著な事実であり、かつ、うち七五万円は等級表一四級の認定後に既に既払いとなつているから、本件において責任を負うのは、その差額(2,170,000-750,000)一四二万円の範囲である。また、同被告に対する請求権は、自賠法一六条により創設されたものであつて、不法行為に基づく損害賠償請求権とは法的性質を異にしているから、遅延損害金の起算日も、期限の定めがない債務として、本訴状送達日であることが記録上明らかな平成三年八月二一日の翌日と解するのが相当である。

五  まとめ

以上の次第で、原告の請求は、被告らが連帯して一四二万円及びこれに対し、被告緒方及び被告会社は本件事故の日である平成二年二月一六日から、被告保険会社は前記平成三年八月二二日から、各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、また、被告緒方及び被告会社は、右以外に、連帯して五八三万八三一一円(前記損害合計七二五万八三一一円から一四二万円を控除した額)及びこれに対する本件事故の日である平成二年二月一六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これらを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大沼洋一)

別紙図面 本件事故現場(リナ構内)及び原・被告等の位置関係概略図

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